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Tのためいき
 生活者の視点で、わかりやすい情報を基本とし、法律や経済、くらしの様々な有益な情報をコラムとして、学識経験者や専門的な分野で活躍する方々に寄稿していただいたものを掲載しています。

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完全な安全はあり得ない〜安全は相対的なもの〜 2011/6 Vol.39
 安全が言われるが、分かったようでありながら分からない言葉である。昨今の世情では安全基準を決めてくれとか、安全と言ったじゃないか、という陳情や恨み言の首長も目にする。ちょっと考えれば、安全くらい得体のしれないのによく使われる用語は珍しい。
 正月が明ければ新聞記事にならないまでも幾人かが、餅を喉に詰まらせて死亡と言う記事が新聞の隅の隅に小さく掲載される。お叱りを受けるような不謹慎な例えだが、コンニャクゼリーを喉に詰まらせる死亡事故は記事としては大きい。より安全な食べ物はどちらなのと考え込んだことがある。
 決まりきったように安全云々には「科学的な説明、科学的な根拠」などを求めたがるが、これこそが学者さんに逃げ口を作らせることでもある。直接的な例はあたりさわりがあるので、少し的外れな例を挙げる。手術を受けるときに、心配なので医者に問うと99.9%成功している、心配ありませんよ、と答えてくれたとする。
 手術を受ける人は、成功すれば100%成功、失敗して死亡すれば100%失敗である。後で「心配ないと言ったじゃないか」と家族が医者に泣きついても、99.9%と言うのは1000人に1人くらいは失敗もありうる。たまたま失敗の患者になっただけである。医者にとっては嘘や虚言を言ったわけではない。
 安全が確率の問題であることを学者は知っている。こんな実験で、こんな結果で・・と言い訳、一般には、これを科学的な根拠と誤解することも知っている。根拠に上げていないことが「想定外」なのだ。確率を知って安全と宣言するのは政治である。「堕ちない飛行機はない」が商業用に使用を認めるか否かは、政治・経済の問題である。
 予防接種にもリスクはあるが、安全だと義務化するのは政治・行政の眼力である。学者さんは、危険率を列挙して見せるだけ、それをどう使うかは政治・行政官の力なのだ。リスクを背負っても何かをする眼力をもった政治家は少なくなり、責任を下の行政官に負わせるトップをいただけば、下々は苦しむことになる。
 逆説的なことになるが、安全だから対策がいらないのではなく、安全だからこそ対策が必要で生きるのだ。私たちは、安全をお役所や他人に任せきりにしているが、多くの安全基準は危険度、危険の確率が低いだけと心得ねばならない。安全と宣言されている食物もそればかり食べない、また公園のブランコには自分で確かめてみることもいるのだ。
 冷たいが、安全は他から与えられるものではなく、自己責任の部分が多いのである。
                          
                             松茂町文化協会 会長 三原茂雄

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