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 生活者の視点で、わかりやすい情報を基本とし、法律や経済、くらしの様々な有益な情報をコラムとして、学識経験者や専門的な分野で活躍する方々に寄稿していただいたものを掲載しています。

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ゼロなのか零であるのか、それが問題だ〜言葉のニュアンス〜 2010/Vol.26
 少し前の話だが、吉野川上流の早明浦ダム周辺に雨が少ないときのこと。新聞の紙面に貯水率ゼロと大きな見出しが出た。ゼロの響きに驚いて内容を読み進めていくと、すべてが理解できたわけではないが、概ね分かったのは香川県への配水率の減少や徳島県でも節水を勧めるものだ。ゼロなのにどこから水が涌いてくるのか不思議に思いながらも、日々の生活に貯水率ゼロという言葉から受ける危機感は全くない。当たり前のことで、貯金や預金がなくても月々の定期収入があれば生活にはこと欠かないが、急な出費の急病などに困るのだ。
 話は替わるが北杜夫が物理の試験で書いた答案の事を思い出した。「次ニツキ答へヨ。効果トイフ名前ノツク現象一ツヲ挙ゲ之ヲ説明セヨ・・・・」と言うものだが、彼はトンでもない答案を出した。答案に「・・飛んでもない人間ですが、あと十年立てばくたばるか、この答案が全集に入るでせう」と記す。物理の試験の結果はどのように評価されたかを知るところではないが、卒業させてもらって、更に大学に進学して医者になった。再試験や追認試験になったとしても単位が認定された事は間違いない。物理という試験のダムには、物理と言う水は0であったので評価は0点であっただろう。物理の松崎先生と物理を通してのかかわりの中で、物理を含んだトータルな評価はゼロではなかった。
 行政の方がゼロベースで見直すと言えば、文字通りゼロから考えると言うことだ。それに引き換え、教師が児童や生徒の答案に「ゼロ点」と言うのを私は聞いたことがない。多くの教員は「零(れい)点だ」と言われているように思う。これは西洋からは入ってきたゼロと和語の零のニュアンスを上手く使い分けているからに他ならない。試験場で机にもたれて幾分かを考えたり、悩んだり、このことは試験の答案には記されてはいない。が活動はありえたし、あったはずで、それこそが教育の営みである。その時間は何もなかったのではなく、人さまざまではある。物理の答案用紙には表せないものが、たまたま北杜夫は文章として表現した。
 ゼロと零(れい)は算数・数学の教科書に掲載された時には同じ概念である。ところが零が背負ってきた歴史やゼロが発達してきた流れは同じではなく、言葉は単純に置き換えが効かない。それだからこそ、ゼロと零を使い分けて微妙な違いを演出してきた。ゼロ点よりは零点が人間の全否定を呼び込まない温もりがあった。言葉が進化し、共通化が進んだ昨今では、零点とゼロ点を区別しないで使う教師や受け手(子ども)が増えることはやむをえないことではあるが、ちょっと寂しい事でもある。
 
                     松茂町文化協会 会長  三原茂雄

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