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 生活者の視点で、わかりやすい情報を基本とし、法律や経済、くらしの様々な有益な情報をコラムとして、学識経験者や専門的な分野で活躍する方々に寄稿していただいたものを掲載しています。

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松茂町史跡パトロール             2019/10 Vol.105
       〜新田開拓の記念碑・三好長治終焉の地〜

 松茂町内を歩いてみるも太平洋の波で押し寄せられた砂、旧吉野川と今切川に押し流されてきた砂で湿地帯が出来たくらいの知識の移住者である。町の資料館の学芸員さんに案内されて町の足跡を歩いた。

 町の東に徳島空港があり、近くに町の焼却場がある。並ぶように出雲神社があり、その境内に豊久開基碑が建っている。一時周辺の整備事業の関係で町の中心部に移転されていた開基碑が、地元の要望でここに戻ったのである。阿部豊吉と叔父の阿部久左衛門の協力・出資金で開拓され、二人の名前から豊久と名付けられた。今は周辺が工業団地になっている。

 よく似た名前の開基碑は、海岸沿いから少し西に入った豊中にある豊中開基碑である。大阪の商人が開拓を始め豊成家ら6家が入植完成した。荒神社の中に碑はあるが、レンコン畑の真ん中である。ぐるり見回しても民家は少ない。神社を維持管理も大変だろうと不要な心配をする。海沿いに近づいて豊岡神社に建っているのは、豊岡開拓碑である。私には開拓碑と開基碑の違いは分からない。

 豊岡神社の並びに松茂町招魂社がある。近くに「松茂町指定 史跡 三好長治終焉の地」との案内板がある。最近になって三好長慶を大河ドラマにという運動も起こり、長慶の甥にあたる長治も、三好一族の出身阿波を預かり統治していたので話題の人である。土佐の長宗我部元親の阿波への侵攻にいろいろなことがあり、敗戦、自決の場所が長原であった。

 案内板には「阿讃淡三国の支配者 勝瑞城主三好長治は 同族内の戦いに敗れ 天正五年(一五七七)三月二十八日 この地において自決した 行年二十五歳」。辞世の句は「三芳の野の 梢の雪と 散る花を 長き春とや 人の言ふらむ」。更に「長治ゆかりの大松があったが、昭和十五年落雷のため枯死し、現在植わっている松は二代目である」と記されている。

 その東には。米兵の塚があり、最近になって、山内正男氏が供養柱を建てた。山内氏のうたは「ようやくに 戦争処理が 終わりゆく 供養塔の 英字かなしや」 
(写真は、三好長治終焉の地の案内板)
            徳島広域消費者協会 顧問 三原茂雄


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